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艸句会報:若草(令和2年1月11日)

若草句会(俳句文学館)
兼題「寒卵」、席題「久」

高点2句
一陽来復創刊号の届きたる       市原 久義
敷き藁に残る温もり寒卵        市原 久義

火の落ちし七輪午後の初社       市原 久義
久闊を叙して友との初句会       岡戸 林風
空にまだ昭和の絵柄いかのぼり     山本  潔
冴え冴えと草間彌生の絵の狂気     新井 洋子
久義さんの元気が嬉し初句会      安住 正子
今日は今日の暁の色寒卵        針谷 栄子
湯治宿すぐに完売寒卵         飯田 誠子
冬茜象亡きあとの象舎にも       坪井 信子
浮世絵は影のなき世や三が日      羽生 隣安
寒卵病の床の父の膳          沢渡  梢

(清記順)

一口鑑賞一陽来復創刊号の届きたる」久義さんの句。「俳句は滑稽なり。俳句は挨拶なり。俳句は即興なり」(山本健吉)と言われる。この句は「艸」創刊号がちょうど冬至の日に届いた喜びを即興でシンプルに詠み、優れた挨拶句になっている。上五の「一陽来復」は「冬至」の言い換え季語。冬の真ん中から春への転換点であり、衰えた太陽がこの日から復活に転じる。作者は2年前の春に不慮の交通事故に遭い、今もリハビリに励む日々を過ごしているが、この日は一念発起して句会に出席した。「一陽来復」に自身の回復への強い思いも重ね合わさっている。「浮世絵は影のなき世や三が日」隣安さんの句。誰もが見ているものに新たな気付きを与えることも俳句の楽しみの一つ。言われてみれば、確かに浮世絵には影がない。「三が日」はお正月気分が続き、日常の雑事から解放される。いわば一年の中では最も影の少ない時間かもしれない。そう考えると、この句は浮世絵と季語の取り合わせも効果的だ。(潔)

艸句会報:連雀(令和2年1月8日)

連雀句会(三鷹駅前コミュニティセンター)
兼題「酒」

高点2句
子年なり知つてゐるかい嫁が君     松成 英子
雷神像の逆立つ髪や寒旱        進藤 龍子

この齢重ね来て謝す去年今年      横山 靖子
一病はあれど息災七日粥        進藤 龍子
読初は母の謡の和綴じ本        飯田 誠子
酒酔ひの本音大声春隣         束田 央枝
「山本」てふ年酒の味よ「艸」船出   石田 政江
元朝や下戸と言へども二・三献     中島 節子
厄年を無縁と生きて初詣        向田 紀子
ゆつくりと野良猫のゆく雪催      松成 英子
紅型は沖縄の華はつ暦         松本ゆうき
医通ひの朝の裏道実千両        坪井 信子
初旅の車窓きらめきカップ酒      岡崎由美子

(清記順)

一口鑑賞子年なり知つてゐるかい嫁が君」英子さんの句。今年は子年。十二支の最初で、新しいサイクルの始まりである。「鼠算」の連想から子孫繁栄の象徴だ。当のネズミはそんなことを知る由もないが、作者は「知つてゐるかい」と優しく呼びかけている。普段は厄介者のネズミも正月三が日は「嫁が君」と呼ばれ、大切に扱われる。それを踏まえた何とも微笑ましい一句。「医通ひの朝の裏道実千両」信子さんの句。定期的に通う病院へのルートはいつも裏道なのだろう。なぜなら、そこには季節ごとに楽しめる句材がいろいろあるからだ。今は、濃い緑の葉の上に千両の紅い実がたくさん付いている。日常の中の季語を大切にしている作者ならではの一句。(潔)

艸句会報:東陽(令和元年12月28日)

東陽句会(江東区産業会館)
席題「牡蠣」「日」

高点2句
地球儀を回し世界の煤払ふ       野村えつ子
旅二日終へて師走の割烹着       安住 正子

雪吊りの日がなハープを奏でをり    中川 照子
創刊の一誌机上に年逝かす       岡戸 林風
煤逃げのやうな句会でありにけり    新井 洋子
忙しさを笑顔で愚痴る牡蠣割女     安住 正子
冬の雨蛍光色の作業服         堤 やすこ
落葉してなほ大木でありにけり     野村えつ子
この水は奥秩父から冬泉        山本  潔
被災地の入江を灯す牡蠣の小屋     貝塚 光子
瀬戸内の牡蠣筏縫ふ観光船       斎田 文子
拡張の駅は迷路や大晦日        長澤 充子
土佐つぽとつつく牡蠣鍋黒き鍋     松本ゆうき
鶴折りて指のリハビリ冬の夜      飯田 誠子

(清記順)

一口鑑賞地球儀を回し世界の煤払ふ」えつ子さんの句。「煤払」は新年を迎えるために、家屋や調度の煤を払って清める風習。昔は正月の準備に取り掛かる12月13日に年中行事の一つとして行われた。今日では年末の大掃除ぐらいにしか思われていないかもしれない。この句は、地球儀の埃を払ったことを詠んだだけなのだが、「世界の煤払ふ」という措辞によって鑑賞者の間では最近の世界情勢にまで話は及んだ。言葉の喚起力は時として作者の意図を大きく超える。「煤逃げのやうな句会でありにけり」洋子さんの句。こちらは地球儀の煤を払うこともなく、ご主人に床のワックスがけを任せ、自分は句会に逃れてきたのである。「煤逃げのやうな」という比喩にちょっと後ろめたい気持ちも込められているのではないか。(潔)

艸句会報:すみだ(令和元年12月25日)

すみだ句会(すみだ産業会館)
兼題「クリスマス」

高点2句
「艸」門出ともに祝はんゆりかもめ   松本ゆうき
人生の余白を満たす冬至の湯      工藤 綾子

「サンタさんへ」聖夜の窓に貼る手紙  岡崎由美子
裏返し表に返し年賀状         工藤 綾子
駅中の雑踏抜けて聖夜かな       桑原さかえ
山小屋の木組トナカイ聖夜来る     長澤 充子
冬満月上野の森の地獄門        福岡 弘子
狐火や其角の句碑の読めぬ文字     山本  潔
聖夜くるナース奏でるハンドベル    高橋 郁子
甲斐の国簾すだれの吊し柿       大浦 弘子
咄家を招き敬老聖誕祭         貝塚 光子
咲きてなほどこやら寂し冬椿      松本ゆうき
まとまらぬ一句推敲湯冷めして     岡戸 林風

(清記順)

一口鑑賞『艸』門出ともに祝はんゆりかもめ」ゆうきさんの句。このほど「艸」創刊号(2020年冬号)が完成した。作者は編集長として印刷所との調整も含め一から尽力された。まずは敬意を表したい。創刊号の表紙に描かれた「ゆりかもめ(都鳥)」は句会場から程近い隅田川でもよく目にする。この句は、表紙から発想した即興の祝句だが、冬の季語としての「ゆりかもめ」も効いている。古くは在原業平が東国への旅の道中、隅田川で見た鳥の名前を「都鳥」と聞いて「名にしおはばいざ言問はむみやこどりわが思ふ人はありやなしやと」(伊勢物語)と詠んだことでも知られている。「咄家を招き敬老聖誕祭」光子さんの句。人口高齢化に伴い、最近はクリスマスのお祝いにも「敬老」の意味合いが深まってきたという見立てが面白い。咄家を招いての聖誕祭に軽妙な滑稽さが表れている。(潔)

艸句会報:船橋(令和元年12月15日)

船橋句会(船橋市勤労市民センター)

高点2句
長寿翁の手形にもふれ冬ぬくし    岡戸 林風
着膨れて海苔屋の海苔の握り飯    山本  潔

落葉踏む仔犬のリード弛ませて    長澤 充子
寒林の風をものともせず大樹     山本  潔
侘助や夫との刻の増ゆる日々     針谷 栄子
市の立つ大神宮の里神楽       岡戸 林風
女湯の四方山話柚子浮ぶ       川原 美春
座布団の隅に積まれし冬座敷     飯塚 とよ
行く年の水子地蔵に笑みの顔     小杉 邦男
枝先の甘き蜜柑は風のもの      並木 幸子
室の花抑揚のなき医師の声      岡崎由美子

(清記順)

一口鑑賞長寿翁の手形にもふれ冬ぬくし」林風さんの句。この日、新たに船橋句会が発足。句会前に数名で船橋大神宮や市内を吟行した。市街地を流れる川には13の橋がかかり、それぞれの欄干にレリーフが設置されている。海老川橋は「長寿の橋」とも呼ばれ、120歳まで生きたとされる泉重千代さんの手形があった。作者はその手形に触れて長寿を祈ったのだろうか。寒さを忘れるひととき。「落葉踏む仔犬のリード弛ませて」充子さんの句。落葉道の散歩。リードの弛みが飼い主と犬との信頼関係を物語っている。「女湯の四方山話柚子浮ぶ」美春さんの句。女同士の四方山話に耳を傾けながら入る柚子湯。ぷかぷか浮かぶ柚子が健康的だ。(潔)

艸句会報:若草(令和元年12月14日)

若草句会(俳句文学館)
兼題「落葉」、席題「数」

高点2句
晩年は吹雪く大樹の洞となる     野崎真理子
冬耕や地球の手入れ怠らず      新井 洋子

吹き上ぐるビルの五階の落葉かな   飯田 誠子
人住まぬ家も枯れゆくものの中    針谷 栄子
落葉焚生木の枝の火掻き棒      市原 久義
エイリアンめき鮟鱇のたぶたぶと   新井 洋子
数へ日や鍋の取つ手の根下札     坪井 信子
山眠る一茶の生家ここにあり     石田 政江
駅の灯は父恋ひに似て日短か     野崎真理子
分数につまづく少年落葉掻      山本  潔
数へ日の駅員高き窓を拭く      安住 正子
忘れ得ぬあれこれ胸にレノンの忌   岡戸 良一
ふりむけば浮き雲一つ落葉山     加藤 弥子
その顔もおぼろ気なひと賀状書く   松本ゆうき
街路樹に絡む電飾レノンの忌     沢渡  梢

(清記順)

一口鑑賞冬耕や地球の手入れ怠らず」洋子さんの句。「地球の手入れ」とは随分大きく出たものだと思う。句会では、地球温暖化問題と結び付けて語る声もあったが、そもそも「冬耕」とは稲刈りが済んだ後の田畑の土壌改良。古来、農耕民族が続けてきた営みであり、温暖化とは直接関係ない。とはいえ、農地がどんどん減れば、やがて地球も痩せていく。「地球の手入れ」は一見大きく構えながら、身近な空間の一つひとつを大切にしたいという願いが込められているのではないか。「駅の灯は父恋ひに似て日短か」真理子さんの句。地方の小さな駅だろうか。冬の夕暮れ時、早々に点った駅舎の灯は、父を慕う気持ちとどこか似ている。郷愁を呼ぶ一句。作者はフランスでの生活が長い。この日はゲストとして初参加。高点句に「晩年は吹雪く大樹の洞となる」も入った。(潔)

艸句会報:連雀(令和元年12月4日)

連雀句会(三鷹駅前コミュニティセンター)
兼題「靴下、ストッキング」

高点3句
ポケットの鍵も走れり十二月     束田 央枝
日向ぼつこ私の中の砂時計      横山 靖子
歩かねば歩けなくなる冬菫      春川 園子

鍋いつぱい古女房の根深汁      松成 英子
ペイペイで払ふ治療費冬うらら    向田 紀子
急ぎ書く喪中葉書や室の花      中島 節子
ポインセチア寝足りし嬰のひとりごと 加藤 弥子
枯れ切つて風の素通る蓮田かな    進藤 龍子
知らぬ間に歯周病とや冬菫      束田 央枝
冬夕焼だいだい色は神の色      松本ゆうき
戦場の廃墟のごとき蓮の骨      横山 靖子
弟逝く花石蕗の黄の眼に痛き     坪井 信子
靴下を継ぎし母恋ふ霜の夜      岡崎由美子
通院の足裏にやさし落葉踏む     春川 園子
姑御に夢で叱られ龍の玉       飯田 誠子

(清記順)

一口鑑賞日向ぼつこ私の中の砂時計」靖子さんの句。一読して「砂時計」が心の中で動き出す。もちろん「私の中の」だから、実体としての砂時計はどこにもない。作者は、冬日向の眩しさや温もりの中で砂時計をイメージしているのである。それ自体に特別な意味はないのだろう。俳句における詩とはこんな詠み方からも生まれる。上五は音数を考えれば「日向ぼこ」としたいところだが、字余りが読み手の心を誘い込む効果を生んでいる。「通院の足裏にやさし落葉踏む」園子さんの句。落葉の路を歩いての通院。病を抱える作者にとっては、落葉を踏む音や感触が心に響いて励まされる気持ちになったのだろう。高点句に入った「歩かねば歩けなくなる冬菫」では、病に負けまいとする園子さんの強い気持ちが表れている。(潔)

艸句会報:すみだ(令和元年11月27日)

すみだ句会(すみだ産業会館)
兼題「鍋」

高点3句
茅門の屋根を彩る散もみじ       高橋 郁子
おでん屋台今日の疲れの大きな背    岡崎由美子
雪吊りに自ずと背筋伸ばしけり     岡戸 良一

風評など気にしませんと鮟鱇鍋     岡戸 良一
時雨るるや宮の土俵の徳俵       岡崎由美子
悪相の魚も加へて寄せ鍋に       工藤 綾子
河豚鍋や父の小言もうわの空      大浦 弘子
山時雨祖谷の吊橋傘すぼめ       貝塚 光子
枇杷の花ひとり暮しも身につきて    福岡 弘子
鍋焼うどんの鍋の年季も味の内     高橋 郁子
底冷えの軒行灯や妻籠宿        桑原さかえ
どこまでも健やかなひと石蕗の花    松本ゆうき

(清記順)

一口鑑賞おでん屋台今日の疲れの大きな背」由美子さんの句。おでんが美味しい季節になった。夕暮れどき、ふと通りかかった街角の屋台にはもう明かりが灯り、おでんから湯気が立ち込めている。風除けの透明なビニールシートはまだ半分ほど開き、客の後ろ姿もよく見える。作者は一人の客の「大きな背」に「今日の疲れ」を感じ取ったのだ。日常の中のよく目にする一コマを切り取った一句。「鍋焼うどんの鍋の年季も味の内」郁子さんの句。寒くなると必ず食べたくなるものの一つに鍋焼うどんがある。ぐつぐつ煮えた土鍋に大きめに切ったネギや椎茸、蒲鉾などとともに、生卵が落としてある。うどんは熱々。フーフー言いながら食べれば体の芯から温まる。作者は、そんな鍋焼うどんの使い込まれた土鍋に着目したのである。タレの焦げ跡がしみ込み、見た目にも風情がある。まさに「味の内」だ。(潔)

艸句会報:東陽(令和元年11月23日)

東陽句会(江東区産業会館)
席題「一葉忌」「手」

高点3句
針山にむかし黒髪一葉忌       野村えつ子
AIの世に追ひつけず大根切る     堤 やすこ
ひとつづつ山暮れてゆく木守柿    野村えつ子

物産展に干薇や一茶の忌       貝塚 光子
店番の小巾刺しをる一葉忌      飯田 誠子
一人では漕げぬシーソー息白し    中川 照子
句会へと急ぐしぐれの一葉忌     堤 やすこ
灯の消えてよりのやすらぎ菊人形   野村えつ子
冬銀河星のガイドのペンライト    岡崎由美子
秩父嶺の山容変はり落葉焚く     向田 紀子
菰巻や明日を信じて頑張るか     斎田 文子
革張りのメニュー帳古り散紅葉    長澤 充子
軍扇を手に山頂の冬将軍       岡戸 良一
校正のあの手この手や一葉忌     山本  潔
大榾のつつかれ元気とり戻す     安住 正子
釣書は手がき三つ折り冬うらら    羽生 隣安
書くほどのことあるやなし日記買ふ  松本ゆうき
AIの喋る勤労感謝の日        新井 洋子
(清記順)

一口鑑賞針山にむかし黒髪一葉忌」〜えつ子さんの句。「針山」は「針刺し」のこと。「針立て」「針坊」とも言う。手芸の縫針を刺しておくための台で、綿を詰めて作る。かつては針が錆びるのを防ぐため、髪の毛やゴマなど油分のあるものを詰めたという。中七の「むかし黒髪」はまさにそのことを言っている。素朴な日用品が「一葉忌」と響き合っている。この句は女性陣に圧倒的な共感を呼んだ。「一人では漕げぬシーソー息白し」〜照子さんの句。描かれているのはシーソーと白い息だけだが、自ずと公園や校庭の遊具の景が思い浮かぶ。遊び相手のいない子どもは一人でシーソーの前に佇んでいる。そんな子どものそこはかとない寂しさと、それを見つめる作者の優しい眼差しが感じられる一句。ひょっとすると、子どもの頃の作者自身かもしれない。(潔)

艸句会報:若草(令和元年11月9日)

若草句会(俳句文学館)
兼題「立冬、冬に入る」、席題「豆」

高点3句
伝言を預かるやうに冬に入る     羽生 隣安
石榴裂けて明日への不安なくはなし  加藤 弥子
冬浅し耳朶に口笛ほどの風      坪井 信子

身の丈の幸を諾ひ納豆汁       安住 正子
千姫の眠る御廟や初紅葉       石田 政江
短日の地下街点す赤提灯       岡戸 良一
薄紅葉歩く速さの豆電車       新井 洋子
パンに塗るバターの固き今朝の冬   市原 久義
公園の寂しきところ石蕗の花     羽生 隣安
冬に入るアンモナイトと鮫の骨    山本  潔
この町の人にも慣れて烏瓜      坪井 信子
闇鍋に我が身の相も煮ゆるかな    飯田 誠子
落ちてより増す大きさの一葉かな   針谷 栄子
蓑虫や捨てきし夢の二つ三つ     加藤 弥子
仲直りすることもなく冬に入る    沢渡  梢
団栗や天文学者のポケットに     松本ゆうき

(清記順)

一口鑑賞伝言を預かるやうに冬に入る」〜隣安さんの句。暦の上では1年の中で最も厳しい季節の入口に当たるのが立冬だ。「冬に入る」「今朝の冬」などとも言う。東京は朝晩冷え込むようになったが、日中はさほどでもない。とはいえ、立冬と言われれば、そろそろ寒さへの準備をしなければと思う。「伝言を預かるやうに」とはまさにこんな感覚だろうか。寒さへ向かう人間心理を巧みに捉えた一句。「パンに塗るバターの固き今朝の冬」〜久義さんの句も立冬を迎えた感覚を上手く詠んでいる。パンにバターを塗るのは立冬の朝に限ったことではない。しかし立春、立夏、立秋とは異なり、冬の到来には緊張感が伴う。それが「パンに塗るバターの固き」なのである。(潔)
プロフィール

艸俳句会

Author:艸俳句会
艸俳句会のWeb版句会報。『艸』(季刊誌)は2020年1月創刊。
「艸」は「草」の本字で、草冠の原形です。二本の草が並んで生えている様を示しており、草本植物の総称でもあります。俳句を愛する人には親しみやすい響きを持った言葉です。

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