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『花暦』ダイジェスト 平成27年6月号

暦日抄   舘岡沙緻

遠く来て雑木隠れのさくらかな
大地より溢るるばかり桜満つ
花見日和よりの道白じろと戻りけり
春雷や玻璃の曇りに思ひごと
家移り人恃みして春の雷
鼓草病む身の庭に黄を尽す
十二單暮れゆく己が葉より濃く


〔Web版特別鑑賞〕俳句は二つの相反するものがぶつかり合うことで詩を生み出す。これはよく「取合せ」とか「二句一章」などと説明される。俳人・上田五千石は「二つの事物が面白い、意想外な関係に置かれて、しかも不自然なもの言いに見えないといったときに詩(ポエジー)が発生するのです」と言った。今月の暦日抄で<春雷や玻璃の曇りに思ひごと><家移り人恃みして春の雷>などはその典型と言っていいだろう。1句目では願い事と春雷のぶつかり合いが、2句目では人に頼らざるを得なくなった自分と春雷との取合せにより、それぞれポエジーを生んでいるのである。
 五千石は山口誓子門の秋元不死男に師事し、昭和48年「畔」創刊・主宰。「狩」の鷹羽狩行と双璧をなしたが、平成9年、解離性動脈瘤により63歳で死去。「二つの相反するものの調和」を徹底して追究し、一物仕立て(一句一章)で詩ができるとの考え方には否定的だった。よく一物仕立ての代表句として飯田蛇笏の「をりとりてはらりとおもきすすきかな」が取り上げられるが、本来は「軽い」はずのすすきを「重い」と感じた瞬間に詠まれた句であり、「相反する二つのもの」が結合している取合せであると断じた。
 <鼓草病む身の庭に黄を尽す>。「鼓草」はたんぽぽの異称。これが庭に黄色く咲き尽くしている眼前の景を詠んで一物仕立てとも見えるが、「病む身」との結合により、調和している。<十二單暮れゆく己が葉より濃く>。「十二單(じゅうにひとえ)」はシソ科の多年草で春の季語。この句も一物仕立てに見えるが、夕暮れ時の葉が本来の色よりも濃く見えるという把握により、「『己が葉』とそれよりも濃く見える葉という相反する二つのもの」が結合している。そこに詩の成立を見る思いがする。(潔)

舘花集・秋冬集・春夏集抄
山消えて春の夕となりにけり(野村えつ子)
花吹雪そぞろ淋しさつのりつつ(相澤秋生)
転ぶまい転ぶまいぞと青き踏む(春川園子)
胸に抱く嬰の瞬き桜冷え(岡崎由美子)
堰越えて木の泡なす春の音(中島節子)
ゆつたりと過ごす一日の春夕焼(堤 靖子)
讃美歌で送りし叔母や紫荊(山崎千代子)
花咲くや背負へる重さ分かち合ひ(高橋梅子)
ものの芽の濡れ光りして雑木山(小池禮子)
老象の人気は絶えず春の雲(秋山光枝)
谷戸に入り街灯ほのと花の夜(田中うめ)
春らしき野の果遠き一つ星(中村松歩)
帰る鳥帰らぬ鳥も羽づくろひ(安住正子)
おひさまのやうな嫁来て桃の花(鶴巻雄風)

■『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。

■舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。


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〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻

お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
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 [ 2015/05/31 12:03 ]  俳句 | TB(0) | コメント(0)
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花暦

Author:花暦
『花暦』俳句会のWeb版。
師系・舘岡沙緻、富安風生、岸風三樓。
「人と自然の内に有季定型、写生第一、個性を詠う」をモットーに活動しています。

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