暦日抄 舘岡沙緻 -金讃(かなさら)神社
参道へ術後の一歩夏落葉
神輿庫裏の杜なる著莪明り
青嵐に耐へて恙の身を樹下に
うすれゆく注射痣あと竹の散る
十一や生きてきしこと誰に告げむ
葉隠れの枇杷の実生きる力欲し
梅雨寒く病ひ忘るるため働く
梅雨の句の多き句稿や机の湿り
思はねばとどかぬ思ひ夏椿
黒レースの裾透きとほる寺の廊
甲高な足組み合はす円座かな
重ければ地に触れ汚れ濃紫陽花 -箱根
旅の身に雨後の傷みの山法師
藤房の終の色とも山育ち
山上の風の露台へみづうみへ 〔Web版限定鑑賞〕俳句では適切な季語を用いることが重要だ。句会の選で主宰は「季語の斡旋が効いている」あるいは「季語の斡旋が駄目」とおっしゃることがある。季語にはそれ自体が持っている本来の意味(本意)があり、まずはそれを理解する。その上で他の言葉と響き合うかどうかが、句の善し悪しを決める大事な要素になる。これがなかなかうまくいかない。今月の暦日抄は、珍しい季語が巧みに使われている。「
十一や生きてきしこと誰に告げむ」は「十一」が夏の季語。カッコウの仲間で「ジュイチー、ジュイチー」と鳴くからこの名が付いた。あるいは「ジヒシン、ジヒシン」と聞こえるので「慈悲心鳥」とも呼ばれる。傘寿を過ぎても衰えることを知らない俳句への情熱。この生き様を誰に告げようか、というのである。不思議な名前の夏鳥との取り合わせの妙!「
甲高な足組み合はす円座かな」。これは「円座」が季語。藁などで渦のように円く組んだ夏の敷物。甲の目立つ足を組んでいる様子から何だかおかしみが溢れてくる。「
山上の風の露台へみづうみへ」は、「露台(ろだい)」がバルコニー、ベランダのことで夏の季語。山の涼しい風が洋風建築のバルコニーや湖へと吹き抜けていく景が何とも清々しい!「
参道へ術後の一歩夏落葉」。何度も癌の手術を乗り越えてきた主宰ならではの一句。「術後の一歩」に全霊が込められている。季語の「夏落葉」もまさに斡旋が効いている。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄夕青葉明日へ持ち越す旅疲れ(加藤弥子)
娘より水かけ祭の誘ひあり(根本莫生)
一枚の棚田守るかに遅桜(野村えつ子)
夫在さば残鶯の声たたへしも(春川園子)
黙といふ優しさもあり茄子の花(岡崎由美子)
鉄砲州の祭り今年も雨となり(堤靖子)
キューピー人形の緑の翼聖五月(新井洋子)
テトラポッド吊り降ろさるる夏の浜(中島節子)
真清水の盛りあがらむとして崩る(坪井信子)
竹皮を脱ぐを見られてしまひけり(高久智恵江)
蚕豆をむきたるあとの夕厨(鈴木えい子)
ガラス張りの調剤薬室青葉冷(針谷栄子)
スカイツリー目掛け路地の子水鉄砲(森永則子)
下敷きにカッターの傷火取虫(山本潔)
花暦集から父の日や振り子時計の歳月よ(梅林勝江)
梅雨空や造花めぐらすパチンコ店(福岡弘子)
被災地の漁夫や夏場の大漁旗(吉田精一)
氷穴を出づる樹海の青葉風(吉崎陽子)
若竹や青年の士気天を突く(土屋天心)
夏かけて友と連れだつ伊豆の空(梅津雪江)
夏の背広しばらくぶりに新調す(小西共仔)
草笛を持つ身に風の集まりし(松川和子)
一日だけの孔雀サボテン惜しまるる(秋山みね)
七彩のガラス工房走り梅雨(白木正子)
老僧の経の長きや梅雨の入り(鳰川宇多子)
明日は去る街や五月の触れ太鼓(小林聖子)
滑走路夏雲厚き朝なり(山室民子)
坂道の尽きたる所七変化(長谷川とみ)
いままさに若竹といふ青年期(桑原さかえ)
稲光峡田豪雨となりにけり(吉田スミ子)
■ 『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■ 舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。 会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻
お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
【24年8月の活動予定】
7日(火)さつき句会(白髭)
8日(水)連雀句会(三鷹)
10日(金)板橋句会(中板橋)
14日(火)花暦幸の会(すみだ産業会館)
18日(土)木場句会(江東区産業会館)
22日(水)すみだ句会(すみだ産業会館)
24日(金)花暦例会・天城合同句会(俳句文学館)
※8月吟行会、若草句会はお休みします
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