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艸句会報:東陽(令和2年6月)

東陽通信句会

高点1句
幽霊を見たの見ないの蚊遺香     新井 洋子

尺蠖の測る木蔭の顕彰碑       新井 洋子
灯涼し後書きにある読み応へ     野村えつ子
結葉や宮居の園の閉ざされて     岡戸 林風
思ひ出すことたつぷりと帰省かな   松本ゆうき
浮巣見て卵になつてゐる心地     山本  潔
新緑や山中深き蕎麦処        斎田 文子
朝の気を五臓六腑に蓮の池      飯田 誠子
熟れきたる糠漬け床に茄子の紺    貝塚 光子
灯を消して想ひはめぐる夜の団扇   長澤 充子
噴水の真中ときどき気負ひをり    堤  靖子
余生いま俳句がいのち更衣      安住 正子
町外れの小さき貯水池花いばら    岡崎由美子
蕪村に浮気芭蕉にもどる裏見滝    中川 照子

(清記順)

【一口鑑賞】幽霊を見たの見ないの蚊遺香」洋子さんの句。実景としてあるのは蚊遺香だけで、誰と誰が話しているのか、どんな幽霊の話なのかなど具体的なことは一切分からない。それなのにこの句が人気を集めたのは季語の力と幽霊の仕業というべきだろう。俳諧味のある一句。「思ひ出すことたつぷりと帰省かな」ゆうきさんの句。帰省とはそういうものかもしれないが、思い出すのは決して楽しいことばかりではない。辛いことや後悔もたくさんあるのだろう。作者の故郷は宇和島。「たつぷりと」の裏に寂寥感が覗く。
余生いま俳句がいのち更衣」正子さんの句。新型コロナウイルスのせいで句会もなかなかできないが、俳句を心の支えにしている作者。通信句会のお蔭で何とか句作もできている。幹事さんへの感謝の気持ちの込もる一句。「蕪村に浮気芭蕉にもどる裏見滝」照子さんの句。この通信句会の取りまとめをしてくれている作者。大の芭蕉好きだが、蕪村のことも無性に読みたくなることがあるのだろう。そんな揺れる気持ちを「裏見滝」に託している。芭蕉の<ほととぎすうらみの滝のうらおもて>(『俳諧曾我』)を意識しての作だろうか。(潔)

艸句会報:すみだ(令和2年6月)

すみだ通信句会

高点2句
人を恋ひ旅恋ふままに梅雨入りかな   岡崎由美子
梅花藻のゆらめきをぬふ魚の影     岡戸 林風

青梅雨や河童ゐさうな川の色      貝塚 光子
ジョギングの折り返し点雲の峰     福岡 弘子
鮎見えて焦るばかりや竿重し      工藤 綾子
父の日の豆をポリポリ齧る父      山本  潔
不器用な父と息子に父の日来      岡崎由美子
桑の実を食みし古里遠き空       桑原さかえ
コロナ禍や老いてなほかつアロハシャツ 松本ゆうき
ままならぬ憂き世に暮し心太      髙橋 郁子
晩年の一喜一憂花いばら        岡戸 林風
人生の余白にエール濃紫陽花      長澤 充子
武蔵野の影を纏ひて桜桃忌       大浦 弘子

(清記順)

【一口鑑賞】梅花藻のゆらめきをぬふ魚の影」林風さんの句。「梅花藻(ばいかも)」は6月から9月ごろにかけて山地や河原、池沼に自生する。水藻類の花を総称して「藻の花」と呼び、仲夏の季語。梅花藻は白い可憐な花をつける。作者は、繁茂する藻の微かな揺れに魚の影を追っているのである。写生句でありながら、中七の「ゆらめきをぬふ」という措辞から詩情が湧いてくる。「桑の実を食みし古里遠き空」さかえさんの句。子どもの頃の懐かしい思い出。養蚕が盛んだった時代、ふるさとの家の周りには桑畑がたくさんあった。赤い実が成り、熟すと紫色になる。北関東ではこれを「どどめ」と呼んだ。食べると唇が「どどめ色」に染まるので、すぐ親にばれた。「ままならぬ憂き世に暮し心太」郁子さんの句。今だからコロナ禍を意識して詠まれた句だろう。そうでなくても、災害の多かった平成や、原爆を経験した昭和を思い返しても、「ままならぬ憂き世」と言われれば誰でも納得する。そんな重い気持ちを「心太」によって軽く言い止めたところが上手い。(潔)

艸句会報:連雀(令和2年6月)

連雀通信句会

高点2句
夜毎来る守宮と話す厨窓       安住 正子
豆飯やお裾分けとは佳きことば    坪井 信子

馬術部のフェンス覆へる葛若葉    向田 紀子
若葉光古墳八基をつつむ杜      横山 靖子
沙緻の忌の朝の空や柚子の花     山本  潔
遠富士を望む屋上梅雨晴間      松成 英子
またたきは烏賊釣船か沖望む     安住 正子
竹そよぐ音の涼しき杜の朝      飯田 誠子
くず餅のつるりと愚痴を飲み込めり  吉﨑 陽子
山法師の白さに和む杖ついて     春川 園子
シャワー浴ぶ欲望もはや願望に    中島 節子
葉柳の影追ふ風の遊びかな      坪井 信子
鉛筆を削れば木の香四葩咲く     進藤 龍子
栴檀の花大らかに息安らかに     束田 央枝
しつかりと小さき双手のラムネ瓶   岡崎由美子
夏つばめ灯台に胸みせにくる     矢野くにこ

(清記順)

【一口鑑賞】夜毎来る守宮と話す厨窓」正子さんの句。守宮は体長10センチほどの爬虫類。夜行性で、灯に集まる虫を捕食するためやってくる。窓ガラスに指の吸盤がピタリと張り付いているのを見ると、一瞬どきっとするが、その名の通り「家を守ってくれている」と思えば、さほど怖いものでもない。作者はいつも、守宮にやさしく語りかけているのだろう。「豆飯やお裾分けとは佳きことば」信子さんの句。「裾分け」を広辞苑で引くと、「もらいものの余分を分配すること。また、利益の一部を分配すること」とある。意外と味気ない説明だが、作者が「佳きことば」と言う背景には、ご近所との日頃の良好な関係があるからではないか。お裾分けでいただくお菓子や果物などは嬉しいものだ。「豆ご飯をたくさん作り過ぎちゃって。良かったら召し上がって」。決して押し付けがましくないところがいい。
 「くず餅のつるりと愚痴を飲み込めり」陽子さんの句。気心の知れた友達との楽しい会話。愚痴もいろいろ出てくる。話に夢中になって、お茶受けの葛餅を食べていないことに気づいたのだろう。口に入れた途端に愚痴とともに喉元を通り過ぎたのである。「くず」「ぐち」の語幹が妙に響き合う。俳味のある一句。「鉛筆を削れば木の香四葩咲く」龍子さんの句。デジタルの世の中になり、鉛筆を使う機会がめっきり減った。もはや鉛筆を削ったことのない若者も多いに違いない。作者は90代。今も鉛筆をこよなく愛し、日常的に使っているのだろう。鉛筆を削る手元の映像とともに、木の香りが立ち上がってくる。窓の外の紫陽花もホッとさせてくれる。(潔)

艸句会報:若草(令和2年6月13日)

若草句会(亀有 ギャラリー・バルコ)
兼題「植田」

高点3句
火の国の水をゆたかに植田かな    岡戸 林風
水槽の海月のワルツ無伴奏      飯田 誠子
月を狩る射程の位置に蜘蛛の網    針谷 栄子

梅雨に入る神社の中の洋菓子店    沢渡  梢
成田線窓一杯の植田かな       新井 紀夫
竹林の腐草螢となる闇夜       山本  潔
大南風妻の言葉に逆らはず      岡戸 林風
大西日太宰の墓地に及びけり     坪井 信子
ほうたるの骸は闇の色となる     針谷 栄子
世の中を知るか知らぬか梅実る    石田 政江
青梅雨や会釈を交はすビニール傘   市原 久義
明易や起きて原稿直す日々      松本ゆうき
筑波嶺を映し植田のしじら波     安住 正子
藍の濃き老舗の家紋麻暖簾      飯田 誠子
有線のつなぐ一村植田澄む      新井 洋子

(清記順)

一口鑑賞】コロナ禍で中止していた句会が復活した。いつもの会議室はまだ使用できないものの、同人の御好意を得て会場を確保することができた。欠席投句(5人)も多かったが、出席者はお互いの無事を喜びながら、和やかな句会となった。
月を狩る射程の位置に蜘蛛の網」栄子さんの句。いつの間にか庭に張った蜘蛛の巣。ふと見れば、その先の空に月があり、まるで「射程の位置」に入ったように見えたのだ。咄嗟にそれを「月を狩る」と叙したのだろう。ユーモラスな一句。「梅雨に入る神社の中の洋菓子店」梢さんの句。句会場は漫画「こち亀」で有名になったJ R常磐線の亀有駅から徒歩3分の画廊。そばに鎮守の亀有香取神社がある。句会前に吟行した作者は、境内にあるケーキ屋さんに気付き、挨拶句として詠んだ。神社と洋菓子店のミスマッチが面白い。若い神主さんのアイデアで、同じ葛飾区内の人気店を誘致したところ話題を呼び、神社の参拝者も増えているという。
 「成田線窓一杯の植田かな」紀夫さんの句。成田線は千葉県内を走行する路線。亀有の10駅先の我孫子から成田線支線となる。この句は、田植え直後の田園地帯を走る車両で詠んだ景。見渡す限りの植田がまさに窓一杯に広がっていたのである。「有線のつなぐ一村植田澄む」洋子さんの句。農村は有線放送電話で結ばれており、地域に密着した情報がスピーカーから流れる仕組みになっている。近年はきめ細かい災害情報へのニーズも高まっているという。この句は、農村地帯の実情に視点を置いて詠んだ。(潔)

艸句会報:すみだ(令和2年5月)

すみだ通信句会

高点2句
夏めくや電動ミシン軽やかに     長澤 充子
人の世のストレス知らず春の鴨    福岡 弘子

大型犬の鼻先風の小判草       岡崎由美子
何時もより熱き湯加減菖蒲風呂    貝塚 光子
緑さす庭をしばしの憩ひとも     岡戸 林風
新樹光玻璃に透けゐるレストラン   長澤 充子
百歳を待たで叔母逝く卯月かな    桑原さかえ
母の日のおやつ代はりの焼むすび   山本  潔
とりあへず新玉葱に生ハムを     工藤 綾子
濃淡の緑とけ込む運河かな      福岡 弘子
更衣母の形見をまた仕舞ふ      大浦 弘子
尺蠖や遊具の縛りいつほぐる     髙橋 郁子

(清記順)

【一口鑑賞】夏めくや電動ミシン軽やかに」充子さんの句。木々や街ゆく人々の姿がいよいよ夏らしくなってきたなと思った途端に、電動ミシンも軽やかに感じられたのである。器用な人だから、手作りのマスクでも縫っていたのかもしれない。コロナ禍で春先から憂鬱な日々を送ってきたが、夏がきて状況が良くなってほしい。そんな気持ちをミシンに即して詠んだ。「人の世のストレス知らず春の鴨」福岡さんの句はコロナ禍で晴れない気持ちを「春の鴨」とうまく対比させている。鴨の姿がのんびりして見えれば見えるほど、人間のストレスの大きさが浮き彫りになる。
 「何時もより熱き湯加減菖蒲風呂」光子さんの句。菖蒲湯について今更解説するまでもないが、熱めの湯加減にすることで香りも立ち、湯上りの気分もしゃきっとするから不思議だ。この句は余計なことは何も言わず、湯加減のことだけをシンプルに詠んだ。「更衣母の形見をまた仕舞ふ」大浦さんの句。母の形見を大事に活用している作者。更衣のたびに感謝の念を忘れない。(潔)
プロフィール

艸俳句会

Author:艸俳句会
艸俳句会のWeb版句会報。『艸』(季刊誌)は2020年1月創刊。
「艸」は「草」の本字で、草冠の原形です。二本の草が並んで生えている様を示しており、草本植物の総称でもあります。俳句を愛する人には親しみやすい響きを持った言葉です。

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